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2018年10月16日

【日本病とその治療法】

一人一人は善良なのに、なぜ集団となると平気で狂気なことを受け入れてしまうのか?

自立の欠如とは意志を他の存在にゆだねてしまうこと。すなわち、依存症に他ならない。
個としても意思・パワーを差し出してしまう・奪われてしまうことになる。とくに上の存在には劣等意識を抱き盲目的になってしまう。ピラミッド型社会システムに没入した極めて典型的なパターンから導かれる集団意識。

その観点からして、この集団が作りだす教育システムは、洗脳機関ではあるものの同時に劣等意識を育む強制収容所で、一旦ご褒美をもらえれば一転優越意識が浮上して下の者を見下す側に回るいじめ問題がおこる仕組みとなっている。

どんな対策をとってもいじめがなくならないのは、仕組みがその温床になっていると同時に自立を押さえ込む劣等意識が奴隷意識に等しい状況を引き寄せ続けているからである。


金融恐慌の到来
2年後の金融恐慌に備えて準備していくべきこと。

【5つの自立】
①マネーの自立(新しい金融システム)
②産業の自立
③医療の自立
④フリーエネルギー

2016年3月29日

日本人はいまだ天皇教の信者である

 我々日本人はいまだ天皇教の信者である。
もちろん、ほとんどの大衆は信者という自覚は無い。
戦後、大衆は教祖がなくても洗脳できるように様々な仕組みでマインドコントロールされてきたからだ。

 社会構造の頂点には霧が立ち込めて見えず、下界にいる下々の信念体系はがっちりと天皇財閥を頂点としたピラミッドの檻に収められている。日本の金・利権はこの頂点を軸にして回っているのだ。

 掘り下げて言えば、日本人にとって『神』である拠り所すなわち依存する対象は、偶像としての天皇より目には見えない概念としてのピラミッド型社会構造そのものが檻となっている。
ただしその頂点の本当の組織は終戦工作やら演技でもって見えなくさせている。

「進撃の巨人」に例えるならば、巨人である敵や危機感を放っている張本人は中央政府である。
仮想敵国としての北朝鮮を作り上げてきたのも天皇財閥といわれている。

 本当の敵は、敵を作り放っている本丸にありと言ってもいいだろう。
この本丸を見えないように日本では非常に巧みに二の丸・三の丸を築いて王様の砦を強固な物にして近づけない・触れない・タブーにしている。
それを囲っている二の丸が在日系ネットワークであり、三の丸として仮想主従国としての米国がある。

 この壁の中ではどんだけ金を稼いでも・どんだけ幸せな家庭を築いても自由である。
だが、あくまでもそれは奴隷と管理された虚栄の自由に過ぎない。

 この奴隷システムから脱出するには、手かせ足かせとなっているシステムの枠から抜け出て、新たな大衆による大衆のためのシステムを構築していかなければならない。



 では、そのシステムを築くにはどうすればよいのか?

そもそも大衆は上下関係でコントロールされるのではなく横とのつながり連携運動で社会活動を行なっていくのが本来の姿ではないだろうか。
だが、いままで大衆の力が増して行こうとすれば必ずそれを分離・分断・孤立させようとする仕掛けが社会の中に組み込まれてきた。
個人より組織や上の存在を崇めさせてきたのもその内の一つだ。組織を束ねることでより大衆をコントロールしやすくさせ、利権というエサをばら撒き裾野を広げた網で囲ってきたからだ。
また、近年では大衆の中で目覚め始める人たちが増えると困るため、抵抗したり反対したりすると自ら同類となって現状をさらに悪化させると信じこませ引き寄せの信者にさせてきた。これも巧みなマインドコントロールで大衆を大人しくさせてきた一例である。

 批判精神は大切であり、抵抗運動も必要だ。
大衆の連帯・連携・つながりによる様々な活動、それと同時に平行して個人でも組織レベルでも行なわなければならないことがある。
それはひとえに、いままでのピラミッド型社会システムとそれを支えている信念体系を断舎利していくことにある。

 我々大衆はこのシステムのエサに慣れ親しんでおり、意識レベルで中毒や依存症になっている。だからそれを脱ぎ捨てるのは容易なことではない。
ましてや規制や社会的な慣習・法律などでがんじがらめにさせられている。
よほどそこれに対する自覚がなければあえて断舎利するモチベーションは続かないだろう。
むしろシステムの中にいて社会的な慣習・規制・法律を通してシステムを改善し世の中を良くして行く選択を取るのもよいだろう。

 だが生半可な選択をせづ、根底からこの世界を変えていく方法は
断舎利に尽きる。
先ずは自身の信念体系から掃除をしていき、同時に外側も順序だてて掃除していくほうが振り出しに戻らず長い目で見たら効率が良いだろう。

 従来のシステム・信念体系に変わる大衆主体の社会システムと信念は本来複雑なものではない。
そもそも単純で気づいたら存在している程度のものなのだ。
あえて言えば、もともと自然に存在しているだけで今まで気づかなかっただけである。

それは、従来のシステム・信念体系を捨てていくだけで自ずと築かれていくものである。
言い方を変えれば、それは今まで水面下に沈んでいただけで、抑えられていた重石が取り除かれることで浮上してくるものなのだ。

 そして今後それは思わぬしくみ」となって我々の前に現れてくることだろう。